"本番が楽しめる歴史がある非合法風俗"という表現は、その背後に何の許可も得ず、静かにその活動を続けている本番を楽しむことができる性風俗業を指します。「ちょんの間」「立ちんぼ」などがその代表です。
「ちょんの間」は、戦後の混沌とした時期に誕生した本番が可能な性風俗業です。第二次世界大戦に敗れ、日本はGHQにより管理されていました。そして1946年1月21日、GHQの命令により、明治維新以来の貸座敷と呼ばれてきた公娼制度が終了しました。それに代わって誕生したのが、「赤線」の名で知られる特飲街指定地域で、その一部で非合法の売春活動が行われていた地域は「青線」という俗称で呼ばれていました。それらの地域で活動していたのが「ちょんの間」でした。
しかしながら、全国に点在し、年齢を問わず多くの支持者を有しているのがその特徴で、大阪の飛田新地、沖縄の真栄原社交街、横浜の日ノ出町地区などは「三大ちょんの間街」として評価されていました。しかしながら、日本人の女性たちが徐々にその地から姿を消し、その代わりにタイやフィリピンなどのアジア系の移住労働者が増えていったのです。一方で、日本人の女性たちは安全で、安定的な収入を得ることができる合法的な風俗街へと移り変わっていったのです。
また、「立ちんぼ」は、街角で待機し、客を待つ売春婦のことを指します。その行為が立ったまま行われるため、「立ちんぼ」と名づけられました。もちろん、これも法律に触れる行為で、日本では金銭の交換による本番行為が禁止されています。
1997年の「東電OL殺人事件」を覚えている方もいるかもしれません。この事件は、東京電力に勤務していたキャリアウーマンが渋谷のアパートで命を奪われたもので、彼女が仕事の後に渋谷・円山町で「立ちんぼ」を行っていたという事実から、大きな騒動となりました。